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No.1231 学校から徹底して競争を排除する(6)
「学校や教師だけではなく、生徒も競争しない。自由は教育の質を保障すると見るが、競争が教育を保障するわけではないと考え、16歳までの競争は排除されている。教育の質は、むしろ、競争を排除することによって保障されると考えるわけである」
「平等の解釈についても、機会均等概念から個々人のニーズに合わせた教育へと変化してきている。そのため、学習進度の遅れ気味の子どもには補習を、学習困難を抱える子どもには特別支援教師をつけて特別なニーズの教育を保障している」
「学校の成績調査は、運営上の改善点を分析することを目的とし、その評価や改善策の判断は現場に委ねられている。そのために、教師による日常的な評価ができるていねいな授業が行きわたり、テストの結果が次の教育に、子どものために現場で生きている」
「個人の能力差は認める。しかし、子どもの成長に影響を及ぼす社会的・経済的背景の格差は何が何でも埋めて行く。(略)『新自由主義』が提起する規制緩和とは、必ずしも社会福祉を破壊して、弱肉強食の競争に行き着くものではない。人間の知恵で、個々人の発達を保障する自由へと変えることもできる。このことをフィンランドは教えている」
「そのために、教師一人一人の質(専門性)を高め、その専門性が発揮されるように学級定員を小さくし、必要に応じて学級補助員を置き、最も効果の出るように教育条件の整備をした。学級定員は自治体が決めるが、小ではほぼ25人、中では18人が上限である。ある中学校の副校長は『一人ひとりの生徒を把握するには20人以上は無理』と答えた」その無理なことを日本の教師はやらされるばかりか、部活や生活指導までやらされるのだ。
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「私日記「のびる」~ニュージーランドから~」
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昨年12月からニュージーランドのオークランドにロングステイしながら、NZからみた日本の政治のおかしさ、特に社会保障や教育、原発等について問題提起をしています。


