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No.1229 フィンランドから日本の教育を点検(5)
フィンランドに実現したのはイギリス、日本のシステムに似ても似つかぬ内容である。氏の本からほぼそのまま引用させていただきながら、日本の現状と比較してみたい。「フィンランドでは権限を地方に移管したが、成果主義を排除した」
「中央の枠はガイドラインにとどめ、教員の支援にとどめた。中央行政権限を条件整備と情報提供に限定した。その結果、現場に自由度と責任が増し、創造的で生徒個々人に合った質の高い、本来の教育が実現した」戦後の日本も1950年まではそうだった。
「どの教科をどう組み合わせ、どこに重点を置き、計画通りいかなかった場合にはどこをスキップ(簡素化)するかなど、時間割の運用は一人ひとりの教師が決められる。教科書には検定がなく、教科書は質の良い教材の一つにすぎない。中味は自分でつくっていく」
この一見すると当たり前だと思われる(日本人の中にはそう思わず、教育内容は国家が決めるもので、個々の教師に教育の自由を与えることを危険視する人が増えているらしい)ことを否定し、教育内容の画一化、統一化が進み、教師の管理を強化し続けている。
日本では校長が一方的に秘密裏に評価し、本人の反論を事実上認めていない。ましてや生徒や親を教員の評価に参加させるなど検討されたこともない。フィンランドでは「親は無記名で意見を寄せ、校長と教師は親や生徒の意見を参考に討議し、改善点を探る」
「学校評価や教師評価を市民の社会参加、社会の自己管理の一過程とみなして、市民性を育てる意義ある行為として積極的にとらえられている。(略)評価は改善の手段であって管理の手段ではない。教師に対する人事考課は一切行わない」
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「私日記「のびる」~ニュージーランドから~」
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昨年12月からニュージーランドのオークランドにロングステイしながら、NZからみた日本の政治のおかしさ、特に社会保障や教育、原発等について問題提起をしています。


